上司や経営者と合わなかったから転職した人の体験談

上司や経営者と合わなかったから転職した方の体験談を集めました。

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経営陣が変わってのびのび働けた職場が激変(35歳女性、公認会計士)

35歳、女性、公認会計士です。

経営陣が変わり、それまで社風がのんびりしていてのびのび働けていたのが、ピリピリとしたガツガツ働かないといけない感じに変わりました

それに伴い、求められる仕事のレベルが大幅に引き上げられ、ついていけない社員がバタバタと辞めました。

社員は多く辞めましたが、補填する社員は雇わなかったため、残った私たちはものすごい量の仕事を任されることになりました。

毎日終電で帰るのが当たり前、でも給料は上がりませんでした。

体力的にキツイためミスをするようになり、そのミスを責められるため、精神的にもキツくなりました。

直属の上司が、辛かったら辞めていいからねと言い残し、私より先に辞めて行きました。そして、私も体力的にも精神的にも限界に達し、辞めました。

今は別の職場で適量の仕事を任せてもらえるので、体力的にキツくなく、ミスもしなくなりました。きちんと評価してもらえるので、楽しく働けています。

経営者が変わって改悪!別のホテルに(43歳男性・ホテルのフロント)

転職時は43歳と結構ギリギリの年齢。 男性でホテルのフロントをしていました。転職した理由は多々ありますが、大きく分けて二つありました。

ひとつは今まで散々我慢して働いてきた会社なのに、経営者が変わってからスタイルがまったく昔と違い、利益優先の今の時代向けに切り替えて、古き良きホテルを台無しにしてしまったことです。当然経営は芳しくなく、改装工事にお金をかけたわりに集客は減る一方、そこに来て自分はまったく畑違いの部署に飛ばされそうになって、プツンと何かが切れました。

もう一つは10年来目標の一つとしていた留学(大学時代に行き損ねた野望)に、どうしても生きているうちにチャレンジしたかったから。

45歳までには実現したいと節約で地道にお金を貯めていて、それが上記の理由と折よく重なったために退社を決意しました。その後、イタリアの近くにあるマルタ島へ半年間の社会人留学へ出かけました。

間違いなく転職して良かったと思えます。あのままではどんどん沈んでいく泥船に乗っているようなもの。留学後に付いた仕事はまた結局ホテルマンでしたが、今度は外国人90%の旅館で毎日たくさんの言語と触れ合いながら気楽な人生を送れています。

外国語を喋るのが趣味の僕にはぴったりの仕事なので、給料が前より安くなったとしても、今は辞める気はおきません。

歯医者は経営や仕事の方針がワンマンすぎる(42歳女性・歯科助手)

転職時の年齢は42歳。女性です。20歳からずっと正社員で歯科助手の仕事をしていました。

歯科助手として何軒かの医院で仕事をしましたが、医院ということもあり経営や仕事の方針がワンマンすぎる方がほとんどでした。

患者様にも院長についてクレーム(技術はあるが人間性を問われたり、人当たりは良いが技術がお粗末だったりなど)を受けたりすることが多く、板挟みの状態に疲れたということが一番の要因です。

一日の勤務時間が10時間にも及ぶ日も多々あり、ひとつの空間に院長と少数人のスタッフが常に時間を共有するというストレスもありました。

個人経営なので患者数が減るとそれだけ収益は下がるので当然お給料にも影響がでるわけで、どんなにこちらが気を遣ったり頑張っても経営者が患者やスタッフの好き嫌いで自分勝手な経営をすることをやめないので、精神的に限界が来て転職することにしました。

現在は工場勤務でひたすら商品を製造するという単純作業なので以前のように気苦労することは減りました。パート従業員ということで、拘束時間も以前より短く自分の時間を多く持てるようになり精神的には楽になりました。

転職活動の際に正社員では仕事をしないという意思を持っていましたので、経済面や社会保障の面で不安はありましたが、この労働スタイルを選んで正解だったと思います。

しかしやはり人間がいる場所には必ずなんらかの摩擦はどこに行ってもあるということを学びました。現在はパートでの労働を少しづつ減らして在宅ワークや副業のほうにシフトチェンジしていこうと考えています。転職してよかったと思いますが、さらに自分にあった労働スタイルを確立していきたいと思っています。

同族経営のワンマン社長の恐怖政治体質(25歳男性・広告代理店の法人営業)

25歳男性、中小広告代理店の法人営業で新規開拓とルート営業をしていました。

同族の中小企業で、よくありがちなワンマン社長の恐怖政治体質だった為嫌気がさして転職を決めました。

条件もかなり悪く、30代の中堅社員でも手取りが20万ちょっとに、賞与も年間5か月と言っておきながら実質2か月分しか出たことがないという薄給で住宅ローンを組むのにもかなり苦労するレベルの給与でした。

外回りや営業資料作成などで帰りが9時以降と遅くなることもしばしばでしたが、残業代は一切出ず、残業届を出そうとしても途中で却下されるという完全な違法ブラック企業でした。

社長も創業者である父親の跡を継いだだけのバカ息子で、頭も悪く全く仕事もできないくせに口出しだけは一丁前にしてくるので現場も混乱することしばしばで、仕事をしていて馬鹿馬鹿しい思いしかしませんでした。

転職先も同族経営の会社でしたが、権限もちゃんと委譲され社員に還元されていたので転職によって不満は解決されました。

同族経営の社長一家に嫌気がさして転職(27歳女性・事務)

同族経営の会社に就職し、給与がすごく低かった。 面接時に賞与が出るという話だったのに、1度も賞与が出なかった。

また、社長の思いつきで何かを始めることが多く、とりあえずやってみようという感じで中身が詰められないまま仕事だけが増えていって、特に利益にならないものを続ける意味が分からなかった。

会議も週に一回していたのですが、特に内容もなくただ社長が喋りたいことをダラダラ話すだけの会議で、何のための会議なのかサッパリ分からなかった。

そして社長の機嫌が良い時と悪い時がすぐ分かるような態度で、機嫌が良い時と悪い時とで言ってる事が全然違った。

社長やその家族が良い給与をもらって、実際に仕事をしている私たちの給与が低く、社長一家と一緒にいたくなかったので転職を決めた。

同族経営の会社はもうこりごりだったので、従業員が1000人以上の会社に転職したが、給与も賞与もきちんとあり、尊敬出来る上司に出会えて、転職して本当によかった。

仕事を教えてくれない上司(30歳女性 ・縫製会社アパレルCADパタンナー)

転職時の年齢:30歳
性別:女性
転職前の職業:縫製会社アパレルCAD パタンナー

私は縫製会社のアパレルのCADを使って型紙を起こす仕事していました。

経験が無かったのでパタンナーのリーダーから仕事を教わってCADを使えるようになったわけですが、そのリーダーは男性で非常に口の重い人でした。ある程度の事までは教えてくれるのですが人と会話をしたくない人だったようで必要以上な事はしゃべらず、教えるのもめんどくさいような感じでした。

いつもそのリーダーから仕事を与えられていた私はある日、朝1番にちょっと待っていてと言われた後、延々と待たせられ最終的に1日放置されました。もちろん途中で催促をしました。しかしそれでもちょっと待っていてと言ったきり放置するのです。

そんな環境の中で私はさらに上の上司から、グレードアップした仕事を要求されるようになりました。しかしながら私のリーダーはその通り指導する気がありません。

このままでは私はいつか大きなミスを起こし会社に損害を与えると確信しました。その為、先を見据えて転職を決意したのです。

転職自体は良かったと思っています。あの環境にいても人生の無駄な時間です。しかしながら今の上司もひどいパワハラで大変な状況です。

努力すれば評価される、本来はそれが普通なんだ(25歳女性、食品工場)

年齢は25歳、性別は女性、職業は食品工場で製造や発注でした。

転職した一番の理由はパワハラ気味の上司とどうしてもこの先一緒に仕事をし続けるのが嫌だったからです。

業績が思わしくない、立ち仕事で体力的に長く働ける自信がなかった、残業代やボーナスがまともに出ないなど、色々な理由はありましたが、一番は上司との相性でした。

その上司はキツイ事を言って鼓舞しているつもりだったのでしょうが、連日「お前は仕事が出来ない」「いつになったら使える人間になるんだ」という旨を言われました。

何か成果を出しても「この程度なら出来てきて当然」とも言われ、駄目な部分ばかりがクローズアップされ頑張っても何も認めてもらえない無力感から本気で職場に行くのが嫌になり、このままでは鬱になりそうだと思い、転職を決意しました。

転職はして良かったです。

次の職場は総務で全く違う職種でした。まず簡単な事務補助からはじめましたが、頭ごなしに怒鳴られる事は無くなり、「いてくれて助かった」と言われた事もあります。

それを聞いて、「普通に努力していれば普通に評価される、それが普通なんだ、本来は。」と思い、勇気を出して辞めて他の職場を経験出来て良かったと思いました。

上司が変な人でした(32歳男性・コンサルタント)

32歳・男性・コンサルタントです。

上司が変な人でした。あくの強い人で、好き嫌いも激しく、言われた通りにやった仕事について文句を言ったり、無茶ぶりをしてきて、ついていくのが大変でした。

「お前を採用したのは間違いだった」などと言われ、採用面接の際にも会っているのに何でそんなことを言われるんだろうと思いました。

今考えればそういったパワハラまがいのことをして私のメンタルを試していたのかもしれませんが、やられたほうはたまったもんではありません。

何が上司の気に障ったかもわからず悶々としていたのですが、部署が異動のないところでしたので、この人と定年までいるのは辛いと思い、最終的に転職を決意しました。

辞めると言ったら翌日から来なくてよいということになったので、厄介払いしたかっただけなのかなとも思っています。

転職後して良かったです。新しい職場では人に恵まれました。

上司の気分で雇用条件を変更され転職(23歳女性・不動産会社の営業事務)

23歳女性、不動産会社の営業事務、正社員でした。

入社した時点から、生涯安定して働いていける職場ではないことは確信していましたが、ある出来事をきっかけに転職したいと具体的に考えるようになりました。

採用面接時に口頭でですが、ある曜日(連休)の休みを希望していることを伝え、承認をいただき約一年間働いていたところ、ある日突然休日の変更を迫られました。

「雇用条件のことですので少し考える時間が欲しい」と伝えたところ、上司の気に触ったようで「それなら賞与もなしにする」と伝えられました。

そのような対応があり、どうしても今後同じ上司の元で働いていくことが辛く感じ、転職を決意しました。

休日変更のお話があった際に素直にその場で承諾すればよかったと今では思っていますが、そう言った減給等の対応があったことが事実ですのでとてもショックでした。

転職してよかったと感じています。職場の方々もいい人ばかりで、丁寧に仕事を教えてくださいます。

以前のような雇用条件の変更を迫られたりすることは今の所ございません。そもそも上司がすぐ怒ったりするのではなく話が通じる方なので、こちらのことも気にしてくださり働きやすい職場です。

経営陣が残業は当たり前と考えている典型的なブラック体質の会社(24歳女性・ゲーム会社のプランナー)

転職時は24歳。女性で、ゲーム会社にプランナーとして就職しました。

卒論よりも研修課題を優先と言わんばかりの態度をとられる新卒研修の時点で薄々感づいてはいたのですが、典型的なブラック体質の会社でした。

入社後は手始めに、三時間の残業。実家から越してきたところを1ヶ月たたないうちに、突如一週間後に本社への転勤を言い渡されました。

深夜2時まで残業があたりまえ。終業後はもちろん、土日も関係なく何か起これば会社へ呼び出される。上司や経営陣に「マネジメント」という概念はなく、失敗はもちろん些細な業務の遅れも大きな声で叱咤恫喝かねちねち説教が当たり前。

その他、当然のように終業後に設定される無駄な会議など、枚挙にいとまがありませんでした。

社員や派遣さんが蒸発することも「よくあること」なレベルで起こり、二桁いた同期も次々と辞めて、もとい蒸発していきました。私は最後の一人だったのですが、自律神経失調症に陥ったうえに「土日に夕方まで寝てしまう今の生活は絶対に健全ではない」と思ったので、一年後に辞めました。

転職してよかったです。正直なところ残業があること自体はそこまで深刻に思っておらず「ゲーム会社なんてどこも残業は当たり前」とすら考えていたのですが、転職してみるとそんなことはなく、多少役職にもよりますが今の会社は前の会社よりも大きく抱えるプロジェクトももちろん大きいのにも関わらず残業はほぼ無し。

残業があっても三十分から二時間程度で、その内容も前の会社でよくあった「やってもやっても終わらない。会社に泊まって、朝からやろう」という残業ではなく「あとちょっとで終わるから、ちょっとだけ残業!」という感じのものです。

趣味の時間も取れ、社内の人間関係も良好なので、精神的にも肉体的にも安定しています。

仕事より社長の趣味に付き合わされる毎日(23歳女性・デザイン会社)

23歳女性、化粧品のパッケージデザインから接客業に転職しました。

大学を卒業して就職した先が化粧品の開発をしている会社で、そこでパッケージデザインをするという内容で働き始めました。

ですが入社してまずやらされたのが社長の趣味の演奏会のお手伝いでした

パソコンなど一切触る事もなく延々と尺八を聞かされ、入社して1ヶ月間ずっとそればかり…挙句演奏会当日は休日出勤。勿論サービス出勤です。

そこでも当日いきなりアナウンスを任され、しかも上手くできてないと怒られ…私は何をしているんだろうと感じました。

その後はデザインの仕事もあったりもしたのですが、もう全くやる気が起きませんでした。

就業中に尺八の音が聴こえてくる事も度々で、その度に頭が痛くなりました。

一年程我慢しましたが、毎朝仕事に行くのが辛くてもう限界だと感じ、退職する事に決めました。

接客業という全く違う職種に就きました。

前の会社が身内感が強くて酷く閉鎖的で息が詰まりそうだったので、とにかく沢山の人に囲まれたかったという思いからです。

転職してからは毎日がとても楽しく、心から転職してよかったと思っています。

好きな仕事だったけどパワハラ店長に耐えられず転職(25歳女性・販売)

お給料が低いのと、アルバイト始まりでなかなか社員に上がれないことにはもともと不満がありました。 異動があり、入社時と別店舗に行ったのですが、そちらでも社員ではあるものの昇進も昇給もなく、お給料的には生活が厳しかったです。

店長だった方の性格がキツめで、毎日なにか文句を言われるのが辛く、辞めた理由の1番はその方でした。

後できいた話では店長はパワハラもあったようですが、後輩スタッフからお金を取っていたそうで、会社を辞めさせられたそうです。

仕事内容だけなら好きな仕事、好きな商品を扱っていましたが、やりがいや楽しさを感じることができず辞める相談をしました。

辞めるとなると引き止めのために昇進の話が出ましたが、新しくスタートしたかったためお断りしました。

辞めてよかったです!転職先ではお給料が上がりキャリアアップもできました。

仕事を教えてもらえないのに店長に嫌味を言われる(カメラスタジオのスタッフ)

転職前の職業はカメラスタジオのスタッフで、主にスタジオのアシスタント補助から接客までやっていました。

転職しようと思った理由は、勤務先の店長と合わなかった事と一カ月間仕事もろくに教えてもらえなかった事がきっかけです。

スタッフが足りないので、是非働いてほしいと言われて入社したのにも関わらず、仕事も教えてもらえなく、仕方ないので自分でやれることを探して働いていました。

自分なりに努力をしていたのですが、自分でできる範囲の仕事などあまり多くはなく、勤務先の同僚に仕事を教わろうにも「店長に聞いてください。店長の許可は?」等々言われ、最終的に誰に聞いても教えてはもらえませんでした。

その後一カ月くらい経ってようやく教えてもらう事になったのですが、慣れない仕事で中々上手くいかない日々が続きました。店長からは毎日のように嫌味を言われ、だんだん職場に行く事が恐怖になりました。

結局、精神的にも持病的にも限界で、転職しようと決断しました。

転職して精神的にも開放されたような気分でした。 最初こそまた同じ事が起きるのではと怖かったのですが、転職して良かったと思います。

上司との仕事が苦痛(24歳女性・居酒屋店員)

転職時の年齢 24歳
性別 女性
職業 居酒屋店員

一年間務めていた居酒屋勤務から、以前付き合いのあった知り合いから別の仕事への誘いを受けて転職を決めました。

居酒屋勤務は同僚にはすごく恵まれていましたが、私が要領よく仕事が出来なかったこともあり、上司との仕事が苦痛となり、身内の不調や仕事の誘いを理由に転職しました。

休日、友人との予定がある日に休日出勤を求められた上「友人は何時に帰るの?」などと言われたのが務め始めて割とすぐだったので、今思えばその時に何となく気づければ良かったのですが。。。

上司の人となりに気づけないままずるずると仕事をするうちに苦痛な事が増え、仕事でミスした際に上司に怒鳴られ職場でぼろぼろ泣いてしまったり、レジでミスした金額を自腹で補填したり、上司の建前の為、お客さんへの嘘に付き合わされたり、思い出せば本当にろくな事が無かったなと思います。

転職はして良かったです。

転職先では仕事に大学で学んだ内容も役立ちましたし、周囲の人間も余裕がある人が多かったので、前職に比べれば穏やかに働く事が出来ましたし、やりがいもあったと思います。

ただ、自分の不出来によってどんどん余裕がなくなり、人のあらばかり見つめてしまう様になったりしたので、この仕事も二年務めた後転職しました。

怒鳴られる事が怖くて10年間辞められなかった(37歳女性・アパレル)

アパレルの仕事は好きでしたが上司からのセクハラ・パワハラが酷く、何度かそれとなく辞めたいと伝えても怒鳴られる事が怖くて決定的には伝えられず、ずるずる10年ほど働いていました。

部下は、実力と現実を見ず無理に仕事を広げて進めようとする人間で、そういう輩を「やる気がある」と思った上司が仕事を全面的に任せてしまった為、会社のお金を使うだけ使って売り上げは伸びず、間に挟まれていた私が「何故売り上げが伸びない!」「お前が悪い」と罵られる事数か月、体調を崩してしまいました。

売り上げが伸びず、唐突に「お前来月からアルバイトに降格・時給も最低時給で月14日程度しかシフトに入れない」と言われてさすがに辞めますと伝えて退職しました。

辞めた後はお金は減りましたが、だいぶ体調は良くなりました。 心は安らかです。

上司からのプレッシャーが強すぎる(26歳男性・不動産業)

26歳、男性、不動産業です。

営業の仕事で上司からのプレッシャーが強かった部分と、入社前に聞いた業務内容ができなかったことです。

入社前には、英語を使った業務を任せたいとのことで意見が一致したのですが、会社の事業縮小のため、英語を使った業務は皆無になりました。

また業務に対するフォローはまったくなく、丁寧に教えると入社前には言っていたところが、社会人なら自分で考えて当たり前と一切の教育システムがない会社のため退職しました。

加えて上司はとても気分屋な人間で、ミスの有無にかかわらず機嫌が悪い時は怒鳴り散らして叱責するなどパワハラと思えるような場面が何度もありました。

在職中は精神的に病んでしまい、ほぼ最後の手段として退職しましたが、今でも働いていたらと考えるとぞっとします。

仕事の押し付けで負担が増すばかり。上司に伝えても何も変わらず(30歳女性事務)

転職しようとしたきっかけは本当にいろいろあったのですが、その中でも、一番の要因は仕事の押し付けでした。

アナログで仕事している点が多くパソコンを使える人間がいませんでした。気づいたらいろんな仕事を抱える状態になってしまっていて、そのことを上の人間に伝えても、何も変わらず。他にパートさんがいたのですが最初から即戦力とは考えておらず私の負担は増すばかりでした。

しばらくして、精神面で一杯一杯になってきて支障をきたすようになり、転職を考えるようになりました。

他にも仕事量に、見合った給料ではなかったこと、福利厚生面でも気になる点があったので転職することを決定しました。なかなか踏ん切りはつかなかったけど、転職してよかったと思います。

上司のセクハラが毎日はきつくて転職(23歳女性)

転職時の年齢は23歳です。 性別は女性で職業は正社員です。

私が転職しようと思った理由は、上司のセクハラです。本当に毎日はきつかったです。

セクハラがなかったら、仲間とは仕事面でも助けあっていたので、良かったです。勤務時間も長かったです。結構きつかったです。仕事が終わっているのに、ベチャベチャと喋っている、女子社員にもイライラしてしまいました。

結局、色々な事が、重なって自分がダメになってしまいました。当時は若かったので、あれをしろ、これをしろと命令される事が多く、本当にそれにうんざりしていました。色々な人がいるので、仕方がない事かも知れませんが、割と個性の強い方々の集まりでしたね。嫌味を言う人や陰口が多い人等、色々な人がいました。転職して、良かったです。勉強になりました。

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2018年2月17日 上司や経営者と合わなかったから転職した人の体験談 はコメントを受け付けていません。 転職した理由アンケート