労働時間や労働環境の不満で転職した人の体験談

労働時間や労働環境の不満から転職した方の体験談を集めました。

妻や子供との時間が持てないインターネットカフェの店長を辞める(28歳男性)

地方に住む28歳、子供と嫁がいます。

当時の職業はネットカフェの店長です。もともと接客が大好きで、マネジメントや経営を学びたかったのでインターネットカフェの店長をしておりました。

仕事としては24時間のフランチャイズ店舗の店長を任されており、いいスタッフにも恵まれ楽しくやりがいのある毎日を送っていたのですが、嫁と子供を家に残したまま夜は仕事をし、寝静まった頃に帰宅。

スタッフの状況次第で1日家を空けたり、夜中呼び出され店の対応をしたり、休みは月に4回あればいい方、アクシデントがあれば休みだろうが店に出なければならないなど、体調を崩すようになりました。

子供と触れ合いたい時期に触れ合えない、嫁との会話もなくなる、体調も悪くなる一方で踏ん切りをつけました。

実際、自分は家族を大切にしたいですし、会社は店長というのはそういうものだと当たり前のように押し付けてくるのが耐えきれなくなったのもあります。

今の職業は家族といれる時間、休みもしっかり取れますし給料も前より良くなりました。 家族サービスができるので、転職して本当に良かったと感じてます。

アパレルの生産管理から残業の少ない営業事務へ(31歳女性)

転職時の年齢は31歳、女性、アパレルの生産管理の仕事をしていましたが、転職をして営業事務の仕事になりました。

アパレルの生産管理の仕事で、工場の納期を確認したり、資材を手配したりなど、忙しく働いていました。仕事は好きな職種だったので、やりがいもありましたが、上司が出張に行くと言って頻繁に席を空けており、その間の問い合わせなどの処理を押し付けられている感があり不満でした。

また残業手当は基本出ないにも関わらず、納期が迫っていたり、トラブルがあると残業はもちろん休日返上でトラブル処理に追われていました。納品がスムーズにいかないことも多く、責任もあったので精神的にも辛いと感じていました。

その上労働と報酬が見合っていなく、忙しいので体調管理も難しく、仕事のやりがいよりもプライベートを充実させたいと思い転職を決意しました。

残業がほとんどない、あってもきちんと残業代がでる(当たり前ですが)会社に転職して、プライベートが充実させられたのでよかったと思っています。

サービス残業が当たり前の小売り販売業からアパレル販売業へ(26歳女性)

転職時26歳、女、小売り販売業からアパレル販売業への転職です。

地元で雑貨類を扱う販売員として働いていました。徒歩で通勤可能な範囲、正社員、オープニングスタッフといういい条件であるし好きな雑貨類に関われるお仕事で仕事内容自体には不満はなくやりがいもありました。

しかし問題だったのは労働環境で元々の月のお休みが少ないのに加えサービス残業当たり前、その残業も今やらなければいけない作業とうよりは残るためにしなくてもいい作業をわざわざこなしている状態。自分の作業がないからといって先に帰ることができない暗黙の了解のような状態でした。

初めは自分の知識をつける為や売り場のディスプレイを変更したいからと意欲的に取り組み残業も苦ではありませんでしたが急な異動辞令で店舗が変わりお手洗いにも中々行くことができない状態になり体調を崩し始め、同じ時期に経営者の店舗に対する考えに疑問を感じ肉体的にも精神的にも続けていくことへの疑問が大きくなりました。

正社員として地元ではボーナスもいい額を頂いていましたし5年勤めていたこともあり半年~1年迷いましたがモヤモヤが晴れないのであればと思い切って転職を決意しました。

現在は同じ立ち仕事ではありますが会社自体の規模も以前の勤務先よりも大きく就業環境がきちんと管理されておりサービス残業もなく帰れないような状況もなく心身ともに楽な状態で働けています。

転職前は同じ立ち仕事なのでまた辛い思いをしてしまうかな・・・と不安もありましたが今は全く不安もなく楽しく働けており思い切って転職をして良かったと思っています。

結婚を機に営業職から事務職へ(28歳女性)

元々、残業時間の多さと営業職ならではの『休日でも顧客からメールや電話が来る』こと、それに待遇が見合っていないことに不満でした。

早く職場を出れたとしても7時すぎ、遅い時は10時近くになることもありました。 入社して1年くらいは会社用携帯が配布されていなかったため、休日だろうが旅行中だろうがおかまいなしに顧客からの連絡があり、全然休んだ気がしませんでした。

賞与を唯一の励みにしていましたが、1年目の賞与はなし、2年目も本当にすずめの涙ほど。 昇給のシステムも社歴が長くなればなるほど昇給しずらいもので、自分の希望する働き方とはかけ離れていたのも、転職を考えたきっかけの1つです。

転職を踏み切ったきっかけは結婚です。相手はほぼ毎日定時上がりのため、いまの職場のままでは家事はおろか完全にすれ違い生活になってしまうと思い、転職を決意しました。

いまの職場は毎日ほぼ定時上がりのため、やりたかった家事にも十分な時間がとれます。

事務職のため顧客からの連絡に悩まされることもなく、給与はかなり下がりましたがやりがいのある仕事を出来、転職してよかったと思っています。

プライベートのないIT関係からフリーランスへ(30歳男性)

転職時の年齢は30歳でIT関係で働いていました。性別は男性です。職業は現在パート・アルバイトと副業でフリーランスをしています。

私は、学生時代文学部教育学を専攻していました。転職しようと思った当時はITブームで、PHSから携帯へと移動端末の進化がバブル期で仕事も過渡期でした。

文系だったのにエンジニア職に就職できた私も、理工学部や情報学部といった出身の方々の混じって仕事をしていましたが、残業や休日出勤、終電の生活は当たり前で、労働時間もサービス残業ばかりでプライベートな時間が持てず、仕事が面白いと思えなくなりました。

毎日、睡眠不足とストレスで胃が痛くなる日々で、このまま都会でこの仕事を続けていくことが大変不安になりました。

派遣ではないのですが、常にお客様の会社へ常駐して自社で仕事をする機会がほとんどないため、社内で仲のいい人は同僚と信頼できる上司ぐらいでした。

同期入社した同僚も3年後には半分になり、5年後には三分の一になりました。そのタイミングで自分もさらなるスキルアップとやりたいことを求めて転職を決意しました。

転職してから、福祉事務の仕事をしました。給料は減りましたが、人間環境や労働環境は良く残業も少なく、自分の時間も持てるようになりました。お金はないならないなりでそれなりの生活をすればよいので、やりがいのある自分にあった仕事に就けて満足しています。

バスガイド(20歳女性)

年齢は20歳で、職業はバスガイドをしておりました。

バスガイドという職業は思っていた以上に就業時間が不規則で、観光シーズンに入ったときは夜中や早朝に出発するのが当たり前でした。

休日はちゃんと確保されておりましたが、その休日に歴史や観光名所の勉強をしないといけなかったので、だんだんと気持ちに余裕がなくなっていき、もともと歴史や旅行が好きだったのにそれすらも嫌になってしまいました。

その気持ちの不安定さから接客も苦手になり、最終的には乗務が怖くなりました。

そんなとき上司や同僚が辞め始めたため、それに乗じて辞めようと決意しました。当時パソコンの操作やエクセルなど基礎的な知識や技術はあったため、それを活かせるような仕事が出来れば今後の自分のスキルアップのためにもなるかと思ったからです。

転職して良かったです。やりたいと思っていたパソコンの知識が広がり、勤務時間も安定しました。

プログラマー(27歳男性)

転職時の年齢:27歳
男性・プログラマー(ソフトウェアエンジニア)

転職した理由はまず第一に、システム開発やコンサルティングなどの技術を売りにしているのに、営業色が強すぎる点です。

トップが営業上がりの人ばかりということもあり、技術的な取り組みはほとんどありませんでした。

さらに、定期的に行われる飲み会(定時後)は原則強制参加で、結局サービス残業のようなものでした。

また、スキルを極めるようなキャリアがなく、基本的に一定年数開発経験を積むと、マネジメント方面へいくというキャリアしか無いという点も不満でした。

入社4年目以降は裁量労働制になることで残業代が無くなります。

その分手当はつきますが、定時内は客先稼働、定時後や休日に自社内の仕事をするため、同じ時間働いた場合に3年目のほうが4年目以降より給与が高いということが発生する点も不満でした。

総じて、技術力が評価されるのではなく、人当たりの良さや勤務時間の長さ(受け持っている仕事の多さ)に比例して出世するような仕組みだったので、転職を決めました。

総合的には転職して良かったです。

飲み会の強制参加、定時前提の勤務などが改善し、プライベートな時間を多く持つことができました。

また、残業代も支払われるので、遅くまで働いても見返りがあります。 一方、給与は下がったが出金日数は増えたので、その点は不満でした。

栄養士から事務職へ(25歳男性)

25歳・男・栄養士を1年半してましたが、休みが少なく、拘束時間も長かった為、プライベートな時間がほとんど取れなかったことと、過剰労働で体調を崩したのが転職しようと思った理由です。

月4〜5日の休日があれば良い方で、シフトも正社員の人手が不足していて、正社員しか事業所の解錠施錠が許されていなかったものですから、通し(早番から遅番まで)の日が多かったです。通しの日は大体朝家を3時半に出て、4時には出勤していました。

仕事中はほとんど休憩も取れず食事も取れないことも度々ありました。帰りは10時過ぎでしたので、翌日も通しの場合は睡眠を3時間程しか取れずにまた出勤するというような状況でした。

入社して半年もすると先輩方がほとんど辞めてしまい、新人の教育を任されることとなってより過酷なものとなりました。退職前の半年間は体調も崩しがちで鬱気味になり辞めるに至りました。

転職して事務職に就きましたが、自分の時間を取ることができるようになりました。給与も増えましたので転職して良かったです。

結婚を機に不動産会社の営業職から事務職に転職(26歳女性)

26歳、女性、営業職から事務職に転職しました。

結婚を機に転職を決意しました。それまでは、不動産会社の営業職で休みも不定期で帰りはいつも日付が変わっていてプライベートを充実させるのが大変でした。

婚約者の彼も同じ会社だったので、プロポーズされた時には、今の会社を辞めることは二人にとっての暗黙の了解だったと思います。そうでないと、お互いが家庭に帰らずにすれ違うことは目に見えていたからです。

そのせいか、前職の会社は離婚率が非常に高く浮気率も高かったです。

営業職という仕事もお互いに成績を意識してしまい、ギクシャクしてしまう感じがあったので、転職して自分が主として動くのではなくて、プライベートを充実させるのを一番にして、サポート役に徹しようと思ったのがきっかけです。

転職しなかったらプライベートはなかったので転職して大正解でした。

激務の国立病院の救急科から地元の総合病院へ(27歳女性・看護師)

27歳のときに転職しました。女性、看護師です。

急性期を学びたくて国立病院の救急科で働きましたが、忙しすぎて次第に疲れてしまい地元の総合病院で働くことになりした。

救急科は毎日緊張の連続で、入院や処置のタイミングが重なると食事もゆっくりとれず、体力的に非常にきつかったです。やりがいや学びも多かった職場ではありましたが、辞めていく仲間も多く、辞めた分の穴を埋めるためにまた多忙になる事の繰り返しでした。

ものすごく忙しかった日の夜は、眠っていても救急車の音や、ナースコールやモニターのアラートが聞こえるような気がして落ち着かない日もありました。

こんな働き方では身が持たないとずっと思っていたので、五年働いたところで、もう無理するのはやめようと転職を決意しました。

今はだいたい定時に帰れるので体力的にはだいぶ楽になりました。でも物足りなさも少しあります。

子供ができると土日休みがないのは辛い(33歳男性・自動車部品の生産技術)

33歳、男、自動車部品の生産技術を担当していました。

転職しようと考えた一番の理由は、労働環境が悪いことでした。生産技術ということもあり、毎週土日は出張で、遠い工場に出向き量産立ち上げ業務を行っていました。

結婚するまではそれでも我慢できていたのですが、結婚して子供ができると、土日休みが無いことがとても辛くなりました。そこで、転職しようと思い立ちました。

又、上司への不満も大きかったです。前職では、36協定はあるものの、守らないのが当たり前で、貸し残業というものがありました。毎月の規定残業以上は勤務表には付けず、どんどん貸し残業がたまって行く一方でした。

上司は全く改善する素振りは無く、そこについて意見すると不機嫌になり、話になりません。結果、サービス残業は当たり前という古い体質の会社でした。

現職はとても良い会社で、転職して良かったです。土日は絶対に休めますし、週2日は絶対に守らなければならない定時間日があります。妻、子供との時間を大切に生きられるようになりました。

ブラックな士業事務所から残業の無い事務職へ(23歳女性)

女性、職業は事務職です。 転職当時、年齢は23歳。 就職と同時に結婚で親元から離れたこともあり、いろんなことが初めて尽くしでした。

リーマンショック直後で急な就職氷河期開始の中、なんとか潜り込んだ士業事務所はブラックでした。

  1. 法の隙間をついて定時が8.5時間。
  2. 残業代は15時間分以上出ない。
  3. 入社1年目で毎日3時間以上残業しても終わらないくらい仕事がある
  4. 3年以上働いているベテランさんはそれ以上に仕事がある
  5. 朝令暮改で更に仕事が増える

労働状況だけでこの有様で、更に個人的に

  1. 人生で初めて親元を離れて暮らし、家事全般を自分でこなす
  2. 親兄弟でない人(結婚相手)と暮らし始める
  3. 実家から新幹線で3時間以上の距離のある所での生活

と、諸々が積み重なっていました。 この状況で体調を崩さない訳がなく、夫にも散々心配と迷惑をかけたため、もっと健康的かつ余裕のある生活をするべく、転職する事にしたのです。

とにかく残業のない所を選んで転職したので解決しました。

いまはその上で更に条件の良い所に転職したので、家庭と仕事を両立して快適に生活しています。

ネイルインストラクターから受付事務へ転職(28歳女性)

転職時の年齢:28歳
性別:女性
前職:ネイルインストラクター
現職:受付事務

憧れていたメーカーで、憧れの人達とインストラクターとして一緒に働けたのは幸せでした。 講習やセミナーで人に教えると言う仕事は、きっと天職だなと思った程でした。

しかし、就職してから2年で会社の経営不振のため方針が変わりました。

「技術者の営業化」をテーマに、客先と直接接待したりサロンや代理店訪問が多くなり、天職だと思えた「教える」仕事が激減しました

コスト削減の活動が大きくなったり、仕事内容に不満が出たりと社内の雰囲気は最悪でした。

そんな時、原因不明の肌荒れや、突然声が出なくなったりして、初めて「私、辛いんだ。きっとストレスかもしれない。」と気づき、退職しました。

今だから冷静に考えてみると、部内の女性営業マンが上司と社内不倫をしていて周りにバレていたことも、職場環境悪化の原因かと思います。

辞めてすぐは、未練の様なものがありました。しかし、幸い良い条件の職場に転職ができ、今はワークバランスを重視しながら働けていますので転職してよかったです。

「教える」仕事は、いずれ結婚してからパートでもできますし、フリーランス でも可能です。ゆっくり考えたいと思います。

労働環境の悪い学習塾から出版業界へ(25歳男性)

転職時25歳・男性・学習塾業界から出版業界へ

従業員の少ない会社で、私の直属の上司はオーナー社長でした。この社長の性格に問題があり、職場で顧客の悪口を平気で言う、自分が使ったものを片付けないなど、子どもっぽい人間でした。

それでも我慢して仕事をしていましたが、悪い労働環境に耐えられず辞めました。

まず、残業代が出ない。更にはイベント事での強制出社(代休や交通費はもちろん出ない)、給与振り込みの遅延、忌引きが取れない、勝手に交通費を削減させられるなどです。

先に述べたように、やったらやりっぱなしの社長なので、後始末はこちらがやる羽目になります。このように、ただでさえ多忙な業務に加えて社長の後始末をするので残業が発生するわけですが、残業代が出ないので馬鹿らしくなってくるのです。

だんだん鬱っぽくなり、退社を決意しました。

転職先の会社では残業代が出るだけで感動したほどです。

直属の上司、更にその上の役職の方々までも私を色々と気にかけてくださり、前職との差に驚きました。転職してよかったと思います。

サービス残業を断りずらい専門学校の講師を辞める(30歳女性)

30歳、女性、専門学校の講師

受け持ちの学生たちは可愛いですし、仕事としては面白かったのですが、職場の環境が悪い上に待遇も悪かったので、働き始めて1年ほどから辞める時期を図っていました。

ただ一旦、学生を受け持ってしまうと、年度の途中で辞めることは難しく、特に学生たちとの関係は悪くなかったので、卒業を見届けてから辞めよう、と思って数年は働きました。

でもその間にも待遇の悪さに何度も辞めたいと思うことはありました。上司から”学生のため”と言われたら、サービス残業を断りづらかったのが一番の不満でした。

それから授業がない休みの期間(夏休みなど)は学校の雑用や作業をしないといけなかったのも不満でした。

でも学生たちとの交流は楽しく、学ぶことも多かったですし、あの経験は転職後の役に立ったと思うので、あの仕事をした経験は無駄にはなっていないと思っています。

転職して本当に良かったと思います。転職後は良い仕事に恵まれました。

結婚を機に残業の多さや不規則な時間に不満(24歳女性・管理栄養士)

24歳、女性、管理栄養士です。

シフト制で遅番と早番があり土日祝もある仕事をしていたのですが、結婚を機に残業が多いことや時間が不規則なことに関して不満を持つようになりました。

早番であっても結局残業して遅番と同じくらいの時間になることも多く、家事などをする時間はありませんでした。

お昼ご飯を食べる時間もなく、休憩時間はゼロ、残業代もゼロでした。

終電を逃すこともあったので寝不足で体調も優れず胃腸炎になったり、熱が出たりしていました。

上司は機嫌に差があり機嫌が良いときは色々と教えてくれるのですが、機嫌が悪い時は罵声を浴びせてきたり片付けもそこそこにして先に帰ったりと上司に対するストレスも溜まっていました。仕事内容も好きでなかったので転職を決めました。

転職して良かったです。定時に帰れて土日祝も休みの仕事になり、旦那ともコミュニケーションがより取れるようになりました。

保育士の正社員 激務で体を壊しドクターストップで別の職場に(28歳女性)

28歳、女性、保育士として働いていました。

28歳という年齢で正社員で保育士をしている人はあまりいません。28歳で子ども好きな職業だと、たいていの人は結婚して退職するか、パート勤務になるかのどちらかです。

私は未婚だった為、いわゆる中堅の職員でした。ベテランの先生よりも年齢は若く、経験もそれなりに積んでいた為、任される仕事量がどんどん増えていきました。当時は体力もあった為、どんどん残業をし、休日も残業分を持ち帰って自宅で仕事をしていました。

それでも給料が上がるわけではなく、こなしてもこなしても減らない仕事。どんどんしんどくなってしまい、体を壊してしまいました。

結局ドクターストップがかかりました。

仕事内容は好きだし、慣れた職場で働き続けたい気持ちはありましたが、体を壊してまで頑張る仕事なのかと考え直し、転職しました。

転職してよかったです。転職先も同じ職種でしたが、病気の事を理解してくれ、配慮してくれました。

また、給料は前職よりも少ないですが、その分毎日残業はなく、仕事量も少ない為、自分の体を休める時間を作ることができました。

年中無休の特別養護老人ホームの正社員(26歳女性)

転職時26歳、女性、特別養護老人ホームの正社員です。

特別養護老人ホームは福祉施設の中でもトップレベルに介護が大変で、移動等何をする際にも支えが必要な人がほとんどでありながら、年中無休・昼夜問わずの労働環境で給与が少ない状態なのが不満でした。

体格のよい男性ならいざ知らず、当時20代と若くても身長145cmの小柄な女性の私にとっては腰痛の悪化等が生じ、湿布やコルセットや整体などの病院代がばかにならず、一人暮らしなど止めて実家に戻ろうと思ったからです。

女性が多い職場だったし、皆が心に余裕をもてないせいか、人間環境も良くはなかったし、天に召される人が多すぎて精神的にもしんどかったです。

介護の仕事ならば、何歳になってもやれそうなので、健康を優先させた結果の転職です。

今は体力と精神が安定したのでよかったです。

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2018年2月17日 労働時間や労働環境の不満で転職した人の体験談 はコメントを受け付けていません。 転職した理由アンケート