労働時間(残業など)や労働環境の不満で転職しました【女性の体験談】

労働時間や労働環境の不満(残業が多い・残業代が出ない・休みがない・プライベートがないなど)から転職した方の体験談を集めました。

回答が多かったため男性・女性でページを分けました。このページは女性の体験談です。男性の体験談は男性の体験談のページへ。

このページの目次

結婚を機にプライベートのない営業職から事務職に転職(26歳・事務職)

26歳、女性、営業職から事務職に転職しました。

結婚を機に転職を決意しました。それまでは、不動産会社の営業職で休みも不定期で帰りはいつも日付が変わっていてプライベートを充実させるのが大変でした。

婚約者の彼も同じ会社だったので、プロポーズされた時には、今の会社を辞めることは二人にとっての暗黙の了解だったと思います。そうでないと、お互いが家庭に帰らずにすれ違うことは目に見えていたからです。

そのせいか、前職の会社は離婚率が非常に高く浮気率も高かったです。

営業職という仕事もお互いに成績を意識してしまい、ギクシャクしてしまう感じがあったので、転職して自分が主として動くのではなくて、プライベートを充実させるのを一番にして、サポート役に徹しようと思ったのがきっかけです。

もし転職していなかったらプライベートはなかったので転職して大正解でした

ブラックな士業事務所から残業の無い事務職へ(23歳・事務職)

女性、職業は事務職です。 転職当時、年齢は23歳。 就職と同時に結婚で親元から離れたこともあり、いろんなことが初めて尽くしでした。

リーマンショック直後で急な就職氷河期開始の中、なんとか潜り込んだ士業事務所はブラックでした。

  1. 法の隙間をついて定時が8.5時間。
  2. 残業代は15時間分以上出ない。
  3. 入社1年目で毎日3時間以上残業しても終わらないくらい仕事がある
  4. 3年以上働いているベテランさんはそれ以上に仕事がある
  5. 朝令暮改で更に仕事が増える

労働状況だけでこの有様で、更に個人的に

  1. 人生で初めて親元を離れて暮らし、家事全般を自分でこなす
  2. 親兄弟でない人(結婚相手)と暮らし始める
  3. 実家から新幹線で3時間以上の距離のある所での生活

と、諸々が積み重なっていました。 この状況で体調を崩さない訳がなく、夫にも散々心配と迷惑をかけたため、もっと健康的かつ余裕のある生活をするべく、転職する事にしたのです。

とにかく残業のない所を選んで転職したので解決しました。

いまはその上で更に条件の良い所に転職したので、家庭と仕事を両立して快適に生活しています。

今の職場では結婚してもすれ違い生活に!営業職から事務職へ(28歳・事務職)

元々、残業時間の多さと営業職ならではの『休日でも顧客からメールや電話が来る』こと、それに待遇が見合っていないことに不満でした。

早く職場を出れたとしても7時すぎ、遅い時は10時近くになることもありました。 入社して1年くらいは会社用携帯が配布されていなかったため、休日だろうが旅行中だろうがおかまいなしに顧客からの連絡があり、全然休んだ気がしませんでした。

賞与を唯一の励みにしていましたが、1年目の賞与はなし、2年目も本当にすずめの涙ほど。 昇給のシステムも社歴が長くなればなるほど昇給しずらいもので、自分の希望する働き方とはかけ離れていたのも、転職を考えたきっかけの1つです。

転職を踏み切ったきっかけは結婚です。

相手はほぼ毎日定時上がりのため、いまの職場のままでは家事はおろか完全にすれ違い生活になってしまうと思い、転職を決意しました。

いまの職場は毎日ほぼ定時上がりのため、やりたかった家事にも十分な時間がとれます。

事務職のため顧客からの連絡に悩まされることもなく、給与はかなり下がりましたがやりがいのある仕事を出来、転職してよかったと思っています。

残業の多さや不規則な時間で夫と関係が悪くなり転職(24歳・管理栄養士)

24歳、女性、管理栄養士です。

シフト制で遅番と早番があり土日祝もある仕事をしていたのですが、結婚を機に残業が多いことや時間が不規則なことに関して不満を持つようになりました。

早番であっても結局残業して遅番と同じくらいの時間になることも多く、家事などをする時間はありませんでした。

お昼ご飯を食べる時間もなく、休憩時間はゼロ、残業代もゼロでした。

終電を逃すこともあったので寝不足で体調も優れず胃腸炎になったり、熱が出たりしていました。

上司は機嫌に差があり機嫌が良いときは色々と教えてくれるのですが、機嫌が悪い時は罵声を浴びせてきたり片付けもそこそこにして先に帰ったりと上司に対するストレスも溜まっていました。仕事内容も好きでなかったので転職を決めました。

転職して良かったです。定時に帰れて土日祝も休みの仕事になり、旦那ともコミュニケーションがより取れるようになりました。

サービス残業が当たり前の小売り販売業からアパレル販売業へ(26歳・販売員)

転職時26歳、女、小売り販売業からアパレル販売業への転職です。

地元で雑貨類を扱う販売員として働いていました。徒歩で通勤可能な範囲、正社員、オープニングスタッフといういい条件であるし好きな雑貨類に関われるお仕事で仕事内容自体には不満はなくやりがいもありました。

しかし問題だったのは労働環境で元々の月のお休みが少ないのに加えサービス残業当たり前、その残業も今やらなければいけない作業とうよりは残るためにしなくてもいい作業をわざわざこなしている状態。自分の作業がないからといって先に帰ることができない暗黙の了解のような状態でした。

初めは自分の知識をつける為や売り場のディスプレイを変更したいからと意欲的に取り組み残業も苦ではありませんでしたが急な異動辞令で店舗が変わりお手洗いにも中々行くことができない状態になり体調を崩し始め、同じ時期に経営者の店舗に対する考えに疑問を感じ肉体的にも精神的にも続けていくことへの疑問が大きくなりました。

正社員として地元ではボーナスもいい額を頂いていましたし5年勤めていたこともあり半年~1年迷いましたがモヤモヤが晴れないのであればと思い切って転職を決意しました。

現在は同じ立ち仕事ではありますが会社自体の規模も以前の勤務先よりも大きく就業環境がきちんと管理されていて、サービス残業もなく、帰れないような状況もなく心身ともに楽な状態で働けています。

転職前は同じ立ち仕事なのでまた辛い思いをしてしまうかな・・・と不安もありましたが今は全く不安もなく楽しく働けており思い切って転職をして良かったと思っています。

ネイルインストラクターから受付事務へ転職(28歳・受付事務)

転職時の年齢:28歳
性別:女性
前職:ネイルインストラクター
現職:受付事務

憧れていたメーカーで、憧れの人達とインストラクターとして一緒に働けたのは幸せでした。 講習やセミナーで人に教えると言う仕事は、きっと天職だなと思った程でした。

しかし、就職してから2年で会社の経営不振のため方針が変わりました。

「技術者の営業化」をテーマに、客先と直接接待したりサロンや代理店訪問が多くなり、天職だと思えた「教える」仕事が激減しました

コスト削減の活動が大きくなったり、仕事内容に不満が出たりと社内の雰囲気は最悪でした。

そんな時、原因不明の肌荒れや、突然声が出なくなったりして、初めて「私、辛いんだ。きっとストレスかもしれない。」と気づき、退職しました。

今だから冷静に考えてみると、部内の女性営業マンが上司と社内不倫をしていて周りにバレていたことも、職場環境悪化の原因かと思います。

辞めてすぐは、未練の様なものがありました。しかし、幸い良い条件の職場に転職ができ、今はワークバランスを重視しながら働けていますので転職してよかったです。

「教える」仕事は、いずれ結婚してからパートでもできますし、フリーランス でも可能です。ゆっくり考えたいと思います。

サービス残業を断りずらい専門学校の講師を辞める(30歳・専門学校講師)

受け持ちの学生たちは可愛いですし、仕事としては面白かったのですが、職場の環境が悪い上に待遇も悪かったので、働き始めて1年ほどから辞める時期を図っていました。

ただ一旦、学生を受け持ってしまうと、年度の途中で辞めることは難しく、特に学生たちとの関係は悪くなかったので、卒業を見届けてから辞めよう、と思って数年は働きました。

でもその間にも待遇の悪さに何度も辞めたいと思うことはありました。上司から”学生のため”と言われたら、サービス残業を断りづらかったのが一番の不満でした。

それから授業がない休みの期間(夏休みなど)は学校の雑用や作業をしないといけなかったのも不満でした。

でも学生たちとの交流は楽しく、学ぶことも多かったですし、あの経験は転職後の役に立ったと思うので、あの仕事をした経験は無駄にはなっていないと思っています。

転職して本当に良かったと思います。転職後は良い仕事に恵まれました。

保育士の正社員 激務で体を壊しドクターストップで別の職場に(28歳・保育士)

28歳、女性、保育士として働いていました。

28歳という年齢で正社員で保育士をしている人はあまりいません。28歳で子ども好きな職業だと、たいていの人は結婚して退職するか、パート勤務になるかのどちらかです。

私は未婚だった為、いわゆる中堅の職員でした。ベテランの先生よりも年齢は若く、経験もそれなりに積んでいた為、任される仕事量がどんどん増えていきました。当時は体力もあった為、どんどん残業をし、休日も残業分を持ち帰って自宅で仕事をしていました。

それでも給料が上がるわけではなく、こなしてもこなしても減らない仕事。どんどんしんどくなってしまい、体を壊してしまいました。

結局ドクターストップがかかりました。

仕事内容は好きだし、慣れた職場で働き続けたい気持ちはありましたが、体を壊してまで頑張る仕事なのかと考え直し、転職しました。

転職してよかったです。転職先も同じ職種でしたが、病気の事を理解してくれ、配慮してくれました。

また、給料は前職よりも少ないですが、その分毎日残業はなく、仕事量も少ない為、自分の体を休める時間を作ることができました。

過酷な環境で働くSEが嫌になり、残業で体調も悪化したのが転職の理由(29歳・元SE)

SEは長時間労働で、徹夜・残業は当たり前でした。多い時には、月100時間残業という日々が1年間も続き、当時は月~土の9時~23時まで働いていました。

新卒で入った会社なので、「そんなものかなぁ」とも思っていましたが、プロジェクトによっては、ほぼ残業なしで帰れるプロジェクトもあり、だんだんとそういう過酷な環境で働くのが嫌になりました。

また、プログラムは時間をかければ仕事が終わるというものでもなく、バグがでたら1週間ハマることもあり、終わりが見えない仕事でした。

プロジェクトは若いメンバーが多く、職場は活気があり楽しかったのですが、いつ終わるかわからない仕事をかなり無理なスケジュールで進めていく状態に嫌気がさしたのと、残業で体調が悪くなったのが転職しようと思った理由です。

現在は、全く別の業界の会社に転職しましたが、結果は転職してよかったです。

残業はほぼありませんでしたし、給与水準も転職前と比べて上がりました。

仕事中心の生活から、自分の時間ももてる生活に変わり、「今までの辛い思いはなんだったんだろう?」と思いました。

従業員の私生活を無視したひどいシフトを改善する気配が無い会社(25歳・事務職)

25歳女性、タクシー会社のオペレーターから求人関係の事務職に転職しました。

とにかく会社の労働環境と管理が自分に合いませんでした。当時勤めていたタクシー会社は人手が足りないという事もあり、毎月むりやり詰めたようなシフトで、従業員の私生活を考えていないような組まれ方をされていました。

24時間営業なので仕方のない事かもしれないですが、夜9時に帰って翌朝5時に出勤するなんて、とても寝られるものではありません。体も休まりませんし、寝られなかったことがほぼ毎日ストレスでした。

休憩時間もしっかりあるわけではなく、お弁当を食べながら仕事をして、トイレに行く時だけが唯一の休まる時間でした。

人手が足りないと書きましたが、足りなくても求人を出すわけでもなく、従業員の紹介でどうにかしようとしている所にも不満でした。

それらの事が改善される気配が全くなかったので、転職しようと決意しました。

今では、転職して本当に良かったです。

休みも休憩も勤務時間もしっかり管理されていて、上司も社員に親身に接して仕事をしてくれるので、社内の雰囲気も明るくてとてもいい環境だと思えます。

毎日3時間残業は当たり前のコールセンター業務から外資系企業へ(29歳・外資系)

29歳女性です。コールセンター業務に従事していました。

もともと働いていた会社は、ブラック企業とも呼べるのではないかと思うくらい残業が横行しており、毎日3時間残業は当たり前の状況でした。

技術的な部門のコールセンター業務だったので、夜7時には終了するはずなのですが、通常業務以外の残業がとても多かったです。

具体的には、新しい製品が出たときの研修などがないため、残業をして実機検証を自分で行い、知識をつけなければなりませんでした。また対応のマニュアル等もなく、人によって対応に差が出ていました。なお、これらの残業代は出ていませんでした。

給与についても基本給が低いため、毎日12時間以上会社にいるのに給料が悪く、体調面も含めてとてもストレスでした。人数があまり多い部署ではなかったので、有給休暇もなかなかとれませんでした。今思うと、社員全体が疲弊していたように記憶しています。

結論からいうと、転職して本当に良かったです。

現在は外資系企業に勤めていますが、大企業ということもあり、社内研修やコンプライアンスがしっかりしていて、とても信頼できます。

また、上司や社員の環境も整っているため仕事がしやすいですし、それが生産性とモチベーションの維持につながっていると思います。

現在の会社は、転職前の会社より離職率が低いです。

会社としての知名度もあるかもしれませんが、なにより企業体制が整っている会社はやはり大きく成長しますし、働きやすく、何よりこの会社に勤めてよかったという誇りを持てたのがとてもうれしいです。

福利厚生や給料が話と違う!危険な旅行会社から別の旅行会社へ(25歳・旅行会社)

25歳女性、旅行会社から別の旅行会社へ転職しました。

私が転職したのは入社時に話のあった福利厚生、給料等の労働環境が実行されず、事実ではなかったことが最大の理由です。

海外の会社でしたが、ビザや保険、契約書等の重要な点が対応が遅く、もしくは何度話しても対応がありませんでした。

保険は半年以上対応がなく、契約書は退職するまで結局いただくことができませんでした。ビザについては、同会社の対応の遅れで違法滞在となるのではと、気が気ではありませんでした。

また、給料は約束の額より少なく、毎日残業があり、残業代はありましたが微々たるもので、残業代を含めても約束の給料額には届きませんでした。

社長は夢ばかり語る方で、スタッフの労働環境については、その内どうにかなる、が口癖でした。

退職し、同会社を出ることができた際のほっとした気持ちは今でも忘れません。

現在は転職し、危険な会社から離れることができて良かったと思っています。
今の会社に不満が全くないということはありませんが、安全で、安心できる職場です。

いわゆるブラック企業で、先に身体が壊れてしまい、すっぱり転職(23歳・販売員)

23歳女性、会計コンサルタントから小売(販売員)に転職しました。

9時の朝礼までに出勤と謳いながらも7時前に出勤し、コーヒーの準備や朝礼時に食べる軽食のオーダーなど、雑務を強制されていました。(隔週でローテーション)

就業時間は17時まででしたが、帰る人間は限られたごく一部であり、当たり前のように22時過ぎまでサービス残業。所謂ブラック企業でした。

新卒で入った為かなり迷いましたが、通勤時間に2時間半かかることも加わって、睡眠時間が4時間を常に切っていた為、先に身体が壊れてしまいすっぱり転職しました。

元々学生時代に販売のバイトをしていたので、畑は違いますが同じ小売の販売員へ転職。

環境、賃金共に向上し、結果として役職がつくようにもなりましたので、あのまま新卒だからと下手に意地を張らずによかったなと今でも思っています。

上記の問題も全て解決され、今の仕事を楽しいと思いながら毎日を過ごせています。

子供を産んで育てながら働くことが難しく、同僚の視線も冷たく厳しかった(30歳・事務職)

30歳女性、保育職から事務職に転職しました。

子供を扱う仕事なのに、自身が子供を産んで育てながら働くことが難しく、同僚のそのような子育てへの視線も冷たく、厳しいものでした。

その中でも子供を産み子育てをしながら働いている人は、よっぽど精神的に強いか、家族の協力が強いかという感じで、保育職をしながら自分の子供を育てることは容易ではなかったです。

子供が体調を崩したり、学校や保育所の行事があったりしても休みを取りにくく、嫌味を言われているような状態で、私自身はそのような人をすごくフォローしてきましたが、それもむなしく、子育てを始めた多くの方が辞めていきました。

いざ自分がその番になると、周りの視線や厳しさは無視できても、定時に帰ることができず、家事や育児にかける時間が足りなくなってしまいました。

早く帰れば帰るほど家での持ち帰り仕事が増え、子供の保育所のお迎えやスーパーの営業時間に間に合わない、夜ご飯を子供にとってベストな時間にとってあげられないなど、その仕事を続けながらの子育ては厳しいと感じ、転職しました。

現在では、転職してよかったと思います。生活に落ち着きが出ました。

今までの必死さを思い返すとすごく疲れます。

長時間労働。徹夜・残業は当たり前(29歳・元SE)

29歳・女性・元SEです。

多い時は月100時間残業を1年間もありました。当時は、月~土まで9時~23時まで働いていました。

新卒で入った会社なので、「そんなものかなぁ」とも思っていましたが、プロジェクトによっては、ほぼ残業なしで帰れるプロジェクトもあり、だんだんとそういう過酷な環境で働くのが嫌になりました。

また、プログラムは時間をかければ仕事が終わるというものでもなく、バグがでたら1週間ハマることもあり、終わりが見えない仕事でした。

プロジェクトは若いメンバーが多く、職場は活気があり楽しかったのですが、いつ終わるかわかない仕事を、かなり無理なスケジュールで進めていく状態に嫌気がさしたのと、残業で体調が悪くなったのが転職しようと思った理由です。

全く別の業界の会社に転職しましたが、結果は転職してよかったです。

残業はほぼありませんでしたし、給与水準も転職前と比べて上がりました。
仕事中心の生活から、自分の時間ももてる生活に変わりました。
「今までの辛い思いはなんだったんだろう?」と思いました。

労働環境と管理が自分に合わなかった(25歳・事務職)

25歳女性、タクシー会社のオペレーターから求人関係の事務職に転職しました。

とにかく会社の労働環境と管理が自分に合いませんでした。
当時勤めていた会社がタクシー会社でした。人手が足りないという事もありシフトが毎月むりやり詰めたようで、従業員の私生活を考えていないような組まれ方をされていました。

24時間営業なので仕方のない事かもしれないですが、夜の9時に帰って翌朝5時に出勤するなんてとても寝れるものではありません。体も休まりませんし寝れなかったことがほぼ毎日ストレスでした。

休憩時間もしっかりあるわけではなく、お弁当を食べながら仕事をして、トイレに行く時だけが唯一の休まる時間でした。
人手が足りないと書きましたが、足りなくても求人を出すわけでもなく従業員の紹介でどうにかしようとしている所にも不満でした。
それらの事が改善する気配が全くなかったので転職しようと決意しました。

転職して本当に良かったです。

しっかり休みも休憩も勤務時間も管理されていて、上司もしっかりと社員と親身に接して仕事をしてくれるので、社内の雰囲気も明るくてとてもいい環境だと思えます。

激務の国立病院の救急科から地元の総合病院へ(27歳・看護師)

27歳のときに転職しました。女性、看護師です。

急性期を学びたくて国立病院の救急科で働きましたが、忙しすぎて次第に疲れてしまい地元の総合病院で働くことになりした。

救急科は毎日緊張の連続で、入院や処置のタイミングが重なると食事もゆっくりとれず、体力的に非常にきつかったです。やりがいや学びも多かった職場ではありましたが、辞めていく仲間も多く、辞めた分の穴を埋めるためにまた多忙になる事の繰り返しでした。

ものすごく忙しかった日の夜は、眠っていても救急車の音や、ナースコールやモニターのアラートが聞こえるような気がして落ち着かない日もありました。

こんな働き方では身が持たないとずっと思っていたので、五年働いたところで、もう無理するのはやめようと転職を決意しました。

今はだいたい定時に帰れるので体力的にはだいぶ楽になりました。でも物足りなさも少しあります。

年中無休の特別養護老人ホームの正社員はもう無理(26歳・老人ホームの正社員)

転職時26歳、女性、特別養護老人ホームの正社員です。

特別養護老人ホームは福祉施設の中でもトップレベルに介護が大変で、移動等何をする際にも支えが必要な人がほとんどでありながら、年中無休・昼夜問わずの労働環境で給与が少ない状態なのが不満でした。

体格のよい男性ならいざ知らず、当時20代と若くても身長145cmの小柄な女性の私にとっては腰痛の悪化等が生じ、湿布やコルセットや整体などの病院代がばかにならず、一人暮らしなど止めて実家に戻ろうと思ったからです。

女性が多い職場だったし、皆が心に余裕をもてないせいか、人間環境も良くはなかったし、天に召される人が多すぎて精神的にもしんどかったです。

介護の仕事ならば、何歳になってもやれそうなので、健康を優先させた結果の転職です。

今は体力と精神が安定したのでよかったです。

就業時間が不規則なバスガイドからの転職(20歳・元バスガイド)

年齢は20歳で、職業はバスガイドをしておりました。

バスガイドという職業は思っていた以上に就業時間が不規則で、観光シーズンに入ったときは夜中や早朝に出発するのが当たり前でした。

休日はちゃんと確保されておりましたが、その休日に歴史や観光名所の勉強をしないといけなかったので、だんだんと気持ちに余裕がなくなっていき、もともと歴史や旅行が好きだったのにそれすらも嫌になってしまいました。

その気持ちの不安定さから接客も苦手になり、最終的には乗務が怖くなりました。

そんなとき上司や同僚が辞め始めたため、それに乗じて辞めようと決意しました。

当時パソコンの操作やエクセルなど基礎的な知識や技術はあったため、それを活かせるような仕事が出来れば今後の自分のスキルアップのためにもなるかと思ったからです。

転職して良かったです。やりたいと思っていたパソコンの知識が広がり、勤務時間も安定しました。

アパレルの生産管理から残業の少ない営業事務へ(31歳・営業事務)

転職時の年齢は31歳、女性、アパレルの生産管理の仕事をしていましたが、転職をして営業事務の仕事になりました。

アパレルの生産管理の仕事で、工場の納期を確認したり、資材を手配したりなど、忙しく働いていました。仕事は好きな職種だったので、やりがいもありましたが、上司が出張に行くと言って頻繁に席を空けており、その間の問い合わせなどの処理を押し付けられている感があり不満でした。

また残業手当は基本出ないにも関わらず、納期が迫っていたり、トラブルがあると残業はもちろん休日返上でトラブル処理に追われていました。納品がスムーズにいかないことも多く、責任もあったので精神的にも辛いと感じていました。

その上労働と報酬が見合っていなく、忙しいので体調管理も難しく、仕事のやりがいよりもプライベートを充実させたいと思い転職を決意しました。

残業がほとんどない、あってもきちんと残業代がでる(当たり前ですが)会社に転職して、プライベートが充実させられたのでよかったと思っています。

通常業務以外の残業がとても多かった(29歳・外資系)

29歳女性です。コールセンター業務に従事していました。

もともと働いていた会社は、ブラック企業とも呼べるのではないかと思うくらい残業が当たり前に横行しており、毎日3時間残業は当たり前の状況でした。
技術的な部門のコールセンター業務だったので、夜は7時には終了するはずなのですが、通常業務以外の残業がとても多かったです。

具体的には、新しい製品が出たときの研修などがないため、残業をして実機検証で自分で行い知識をつけなければなりませんでした。また対応のマニュアル等もなく、人によって対応に差が出ていました。

なお、これらの残業代は出ていませんでした。給与についても基本給が低いため、毎日12時間以上会社にいるのに給料が悪く、体調面も含めてとてもストレスでした。また人数があまり多い部署ではなかったので、有給休暇もなかなかとれませんでした。今思うと、社員全体が疲弊していたように記憶しています。

結論からいうと、転職して本当に良かったです。現在は外資系企業に勤めていますが、大企業ということもあり、社内研修やコンプライアンスがしっかりしていて、とても信頼できます。また、上司や社員の環境も整っているため、仕事がしやすいですし、それが生産性とモチベーションの維持につながっていると思います。
現在の会社は転職前の会社より離職率が低いです。会社としての知名度もあるかもしれませんが、なにより企業体制が整っている会社は、やはり大きく成長しますし、働きやすく、何よりこの会社に勤めてよかったという誇りを持てたのがとてもうれしいです。

入社時に説明された福利厚生などが実行されなかった(25歳・旅行会社)

25歳女性、旅行会社から別の旅行会社へ転職しました。

入社時に話のあった福利厚生、給料等の労働環境が実行されず、事実ではなかったことが最大の理由です。
海外の会社でしたが、ビザや保険、契約書等の重要な点が対応が遅く、もしくは何度話しても対応がありませんでした。

保険は半年以上対応がなく、契約書は退職まで結局頂くことができませんでした。ビザについては、同会社の対応の遅れで違法滞在となるのではと気が気ではありませんでした。

また、給料は約束の額より少なく、毎日残業があり、残業代はありましたが微々たるもので、残業代を含めても約束の給料額には届きませんでした。

社長は夢ばかり語る方で、スタッフの労働環境についてはその内、どうにかなる、が口癖でした。退職し、同会社を出ることができた際のほっとした気持ちは今でも忘れません。

転職し、危険な会社から離れることができて良かったと思っています。
今の会社に不満が全くない、ということはありませんが、安全、安心できる職場です。

睡眠時間4時間で身体を壊し…(23歳・販売員)

23歳女性。会計コンサルタントから小売(販売員)に転職しました。

9時の朝礼までに出勤、と謳いながらも7時前に出勤し、コーヒーの準備や朝礼時に食べる軽食のオーダーなど、雑務が強制。(隔週でローテーション)就業時間は17時だが、帰る人間は限られたごく一部であり、当たり前のように22時過ぎまで残業。(サビ残)所謂ブラック企業でした。

新卒で入った為かなり迷いましたが、通勤時間に2時間半かかることも加わり、睡眠時間が4時間を常に切っていた為先に身体が壊れてしまい、すっぱり転職しました。元々学生時代に販売のバイトをしていたので、畑は違いますが同じ小売の販売員へ転職。

環境、賃金共に向上し、結果として役職がつくようにもなりましたので、あのまま新卒だから、と下手に意地を張らずによかったなと今でも思っています。 上記してしまいましたが、全て解決され、今の仕事を楽しいと思いながら毎日を過ごせています。

子供の保育所のお迎えやスーパー営業時間に間に合わない(30歳・元保育職)

30歳女性。保育職から事務職に転職しました。

子供を扱う仕事なのに、自身が子供を産んで育てながら働くことが難しく、同僚のそのような子育てへの視線も冷たく、厳しいものでした。その中でも子供を産み子育てをしながら働いているは人はよっぽど精神的に強いか、家族の協力が強いかという感じで、保育職をしながら自分の子供を育てることは容易ではなかったです。

子供が体調を崩したり、学校や保育所の行事があったりしても、休みを取りにくく、嫌味を言われているような状態で、私自身はそのような人をすごくフォローしてきましたが、そのようなフォローもむなしく、多くの子育てを始めた方がやめていきました。いざ自分がその番になると、周りの視線や厳しさは無視できても、定時にかえることができず、家事や育児にかける時間が足りず、早くかえれば帰るほど家での持ち帰り仕事が増え、子供の保育所のお迎えやスーパーの営業時間に間に合わない、夜ご飯を子供にとってベストな時間にとってあげられないなど、その仕事を続けながらの子育ては厳しいと感じ転職しました。

転職してよかったです。生活に落ち着きが出ました。今での必死さを思い返すとすごく疲れます。

事務職として自身の専門性を高めていきたいと思い転職(27歳・事務職)

前職はスーパーマーケットにて売り場運営を行ってきました。今回事務員に転職しました。

転職しようと考えた理由は2点あります。1点目は結婚を機に、残業が少なく転勤がない仕事に転職したいと考えました。残業が少ない仕事に転職することで、給与は前職よりも少なくなりますが、家庭とも両立でき、ワークライフバランスのとれた生活をおくることができると考えました。また、結婚すると転勤が難しくなり急な引っ越しはできませんので、そちらも転職の理由です。

2点目は、前職の販売の仕事を通してチームをサーポートする役割の大切さを実感し、事務職に就きたいと考えるようになったからです。前職ではお客様対応や接客、販売計画など幅広い業務を行ってきましたが、チームをサポートする事務職として自身の専門性を高めていきたいと思い転職致しました。

転職してよかったと考えています。現在は有効求人倍率が高いので転職しやすいと感じました。

単調な仕事内容に上昇志向が沸かず(27歳・接客業→事務職)

接客業を行っていたのは、観光地にある雑貨屋さんでした。
女性ばかりの中ではやはりトラブルはかなり多く、些細なことから大きなことまで、毎日何かしら起きているという状況でした。
仕入れは基本的には部長級の女性が一人で行っており、部下は言われたものをメールやFAXなどで連絡するだけの作業を行っていました。
基本的には社員もバイトも違いはなく、むしろ残業代などがしっかり出るバイトの方が金銭面では恵まれていました。
プライベートなことですが、部長級のこの女性は更に上の上司と長年不倫関係にあり、そういった方が上にいるのはなんとなく気持ちの良いものではありませんでした。
仕事もバイトと社員が変わりないのであれば、上昇志向にも陥りません。
そんな中で、経理を担当している人が一人辞めるという話を聞きました。
会社のお金の事情を知る経理の方が辞めるということは、会社が傾いているということだと感じました。
それまで決して売り上げが良いわけではないのに、どんどん仕入れを重ねていっており、このままでは潰れるだろうという意識が全員にありました。
経理の方が退職ということはかなり決定的な気がしたので、私も転職を決意しました。

転職後は事務職となり、それまでとは全く違う分野でのお仕事になりました。
しかし、以前よりもお給料としてはかなり多くいただけるようになりました。
以前の接客業は社員とバイトが変わりない金額でしたので、本当に薄給でした。
また、比較的有休もとりやすい環境になったので、プライベートが充実するようになりました
土日がしっかりお休みできるようになったので、付き合っていた人ともお休みを合わせやすくなりました。
ただ、残業が多いという面が生まれてしまったので、その分は転職して少し後悔しました。

不当な雇用環境や職場の管理状況に不安を覚えて(21歳女性)

小売販売店の在庫管理・仕分け作業。
入社当初、40人ほどしかいないのに辞めていく人が月に1~2人はいるのでいつも人員不足でした。

仲良くなった社員さんから「残業代もつかない、ボーナスもない、固定給で上がらない、何かほかにやりたい仕事があったらここ辞めた方がいいよ」と言われました。驚きましたが、勤め始めたばかりだし理由がないので受け流していたら、社長が急に「他の人より仕事が遅いので君の作業効率を計る」とか言い出し「分あたりの仕上げ数を書いて」とただの白紙を一枚渡されました

実際私しかその作業をする人がいないし、別の人が交代で来たときは話にならないのになぜこんなことをするのか不思議でしたが、ある時、社長が「社員は金かかるがバイトは安いし気に入らんかったらきればいいから楽」というのを聞き妙に納得してしまいました。

要は、あの手この手社員まで使って私を自主退社させたかったのです。
若い人材を受け入れたら6か月助成金がもらえるので、6か月たったら首にしてまた新しい人を雇うと言うセコイ方法をとっている会社でした。

仕様書もなく口伝えでしか教えない会社、溢れる荷物を廊下に積み上げ、たぶんみつかれば消防法に引っかかるでしょう危なさ。

極めつけが、休みの間に私の作業場の後ろの棚で薬品が暴発をおこして作業台にその残骸が少し残っていました。びっくりして経緯やその後の処理、今後の対応について聞きましたが、もう大丈夫の一言で片づけられたことです。

ここはもうダメだなと確信しました

辞めて正解でした。
辞める時でさえ経験のない無知な私に「自主退社」というのが退職届の書き方だと言ったくらいですから。

このときの経験から、自分に足りないもの(企業を見極める目、社会の常識、社交性など)を補ってから再就職をしようと色んなジャンルのアルバイトを経験しました。

辞めた時はくやしかったし気持ちを切り替えるのに時間はかかりましたが、社員のことを思いやって下さる上司のいるいい会社に巡り合えたし、仕事にもやりがいを見つけることができて満足しています。

同じような薬品を扱うところですが、マニュアルもしっかりあり危険認識の度合いが違います。今は昇給のための資格試験に取り組んでいる最中で、以前とは大違いだと実感させられる毎日です

酷使されるスキルと、休日返上の勤務で体力の限界を感じて(32歳女性・学習塾講師)

30歳を過ぎて、学習塾講師の仕事に対して体力の限界を感じました。夏期講習から先はほとんど休日返上で10連勤で済めば御の字です。その休日も、リフレッシュではなく代講要員にあてこまれています。

土日祝は子供の学校が休みなので、必然的に午前中から授業、午後も10時直前まで授業です。1月~2月に掛けては入試時期のため、始発で校門前に応援に行き、夜も通常通り授業をします

中抜けは許されません。それで手当は1日500円とランチ台程度です。生徒の引率などで宿泊が必須になっても手弁当でした。

宿を抑えていたのに前日に急に応援学校をチェンジされ、キャンセル料が発生したこともあります。これも自腹です。

自分がいた地域の入試機関が終わっても、私が数学や社会の指導が可能だったため、まだ入試が終わっていない地域の授業に駆り出されました。

同じ地域の同僚たちは休んでいるのに。それで手当も何も一切ありませんでした。
努力をしてスキルを磨けば磨くほど酷使されるのがほとほと嫌になりました。

今は超ホワイトな環境で、お昼ご飯もしっかり食べさせてもらえます。
お給料は低くなりましたが、自炊できるくらい家に居られる時間も増えたので、生活水準は上がっています。体調も良くなり、前の職場にしがみついていたのがバカみたいです。

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2018年2月17日 労働時間(残業など)や労働環境の不満で転職しました【女性の体験談】 はコメントを受け付けていません。 転職した理由アンケート